『ユーカリの木陰で里の行』


ブログ『ユーカリの木陰で里の行』

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虫ごころ

2019年7月25、27日の日記から


先日宜保愛子さんの『生まれ変わりの秘密』を読んだ。

宜保さんといえば、もうお亡くなりになってしまったけれど、かつて一世を風靡した著名な霊能者である。

彼女の写真入り表紙をこの間日本に一時帰国したときに古本屋で見かけて、懐かしさに手に取ったのだった。

 

ご自身の霊体験や霊視、霊界から教えてもらったことなどが輪廻転生に限らず、いろいろと記されていて興味深かった。

霊的な体験を綴る彼女の視点は温かく、誠実さを感じさせるもので、気持ちよく楽しく拝読した。

きっと素晴らしい霊能力をお持ちだっただけでなく、伝える能力も優れていたのだろうと思う。

 

本当に面白かったのだけれども、虫の話がどうにも気になってしまった。

宜保さんは犬や猫や動物の転生について触れた後、こう書いていらした。

(以下は本文からの抜粋です)

 

 * * *

 

これはまた霊から聞いた話ですが、人間に害を及ぼす害虫、たとえばゴキブリ、しらみ、蚊、ハエなどは、それなりの悪い行為の積み重ねをした動物の最後の姿です。

それらを見つけたとき、その命を断ってあげるということは、逆にその害虫の魂をよりよく導いてあげることになります。

害虫に生まれてきた生物は、人間によって早く命を断ってほしい、という強い願いを声に出すことはできません。私たちがその命を断ってあげることによって、その魂はよりよい益虫になることも可能なのです。

動物をかわいがらなければいけない、だからゴキブリも蚊もハエも殺してはならない、という観念は、絶対に捨てるべきです。

 

 * * *

 

ゴキブリや蚊や、虫は・・・

つまり、殺してもいい、と?

つーか、むしろ殺してあげた方が、いい、と?

 

・・・

???

納得いかない私の脳裏には、忘れ難い思い出が蘇っていた。

 

それは、もう30年程前―

当時は妹と二人で自由が丘の中古マンションの一室に暮らしていた。

ブログにちょっと書いたこともあるのだけれど(2011年1月4日の日記「懐かしい街に、娘と二人」に)、そこは今思い返しても「絶対あそこ何かいたよねぇ」って感じの怪しげな空間だった。

そこに妹が上京してからほぼ6年暮らしたのだが、これは大学を卒業して就職し、張り切って仕事をしていたころの話である。

 

ある日、友人の事務所を訪ねたら突然、頭を叩かれた。

正確には、サイドの髪を。

 

「えっ!?」

本当に突然のことで驚いて私は椅子から跳び上がってしまったが、叩いた友人の方も驚いたように立ち上がるやガバッと床にひれ伏してしまった。

「えっ、ブっておいて今度は土下座?」

 

だけど友人は床に這いつくばったまま、もぞもぞと何かを探していたのだった。

「いや、今ゴキブリが…

おかしいな、そんなハズは…

え、でも絶対今のはゴキブリ…」

 

なんでも私の髪に大きなゴキブリが留まっていたのだそうだ。

本当にかなり大きなゴキブリで、それがモゾモゾと手足を動かし、壁をよじ登るように私の髪の上を歩き出したので、ビックリして叩いてしまったというのだ。

 

最初は何かの冗談だろうと思ったが、本人は真剣そのものだった。

しかもゴキブリは大の苦手なんだそうで、本気でゴキブリの行方を追っているのだった。

 

「ゴキブリが髪に留まっていたなんて…

そんなことあるハズないじゃありませんか。

だいたいそんなに大きなゴキブリが自分の顔の横を歩いていたら、いくら私だって気がつきますよぉ」と、私は笑った。

つーか、笑うしかなかった。

 

だけど家では妹が暗ぁい顔で私の帰りを待ち構えていた。

私が靴を抜くより早く訴えてきた。

 

「あっちゃん、ゴキブリが…!

どうしよう…」

 

ん、またゴキブリ…?

 

なんでも妹はその日、台所でゴキブリを見かけるやパニックになって、ちょうど手にしていた新聞紙で叩き潰してしまったのだそうだ。

するとその直後にもう1匹、別のゴキブリが現れた。

妹が一撃を加えるより早くそのゴキブリは逃げ、台所に面した私の部屋の壁によじ登った。

それからもうかれこれ1時間近く微動だにせず、そこからただ妹をじい~っと見下ろしているのだという。

 

「なんだか気味が悪くて…

ほら、見てよ」

 

と指差す方向を見上げれば、確かに天井付近に黒々とした、かなり大きなゴキブリが鎮座している。

手が届かなかったし、殺すのも嫌だったので、放っておこうと言ったのだけれども、妹の方は本気で怯えていた。

 

それというのも実は彼女は、2匹が一緒にいるのを何度か目撃していたのだそうだ。

そして今日ペアの1匹の方を殺してしまったから、残された方が恨んでいるのだと案じていたのだ。

 

「絶対そうだよ、ペアなんだよ。

夫婦か、家族だったんだよ。

だからほら、あんなに恨めしそうにこっちを睨んでいるんだよ」

 

「そんなわけないじゃん、考え過ぎだよ」

とは、とても言えなかった。

 

だってさっき事務所で友達が私の髪をよじ登る大きなゴキブリが見えた、とか言っていたではないかっ!?

自分の髪にでかいゴキブリが這っていたなどと言われたのは後にも先にもその時だけで、とても偶然だとは思えなかったから。

 

妹にその出来事について話をしている間も件のゴキブリは、壁の同じ場所に身動きもせずに佇んだまま、恨めしそうに(と妹のみならず私にももはやそう思えた)こちらを見下ろしていた。

気味が悪いというより、可哀想な気がしてきた。

 

私の髪を這っていたのは「ゴキブリの霊だった」ということで私たちの意見は一致した。

妹ももはや恐怖より、不憫さを感じているようだった。

 

あそこで身じろぎもせずにこちらを見下ろしているゴキブリが、大切な存在を亡くした悲しみに浸っているのだとしたら…?

ショックと無念さで動けなくなっているのだとしたら…?

 

かといって当時の私には、それでゴキブリの供養をしてあげるとか祈祷をしてあげるとか、そんな発想は浮かばなかった。

「不思議なこともあるものだねぇ…」で、結局寝てしまったのだと思う。

それから、その片割れの壁に残されたゴキブリがどうなったのかということも、今となっては覚えていない。

 

だけどあのとき、ゴキブリの無念さ、悲しみみたいなものは、心にしっかりと刻み込まれたのだった。

 

やはりあのときの不思議な体験は、妹が殺してしまったゴキブリや相方を無残に奪われてしまったゴキブリの想念と関係していたと思うのだ。

 

だから害虫も殺すべきではない、などという気は毛頭ない。

けれどあれは絶対に「私たちの命を絶ってくれて、願いを叶えてくれて、ありがとう。これで来世は益虫に生まれ変われます~」みたいなものではなかった。

 

一寸の虫にも五分の魂。

虫の魂にもそれなりにカルマがあって、虫に生まれてきたのだろうと私も思う。

とりわけゴキブリや蝿、蚊など、人間から忌み嫌われてしまう種類に生まれることにもそれなりのカルマ的な理由があるのだろう、と。

 

だけど、だから命を断った方がその魂をより良く「導く」ことになるとか、それを自身の魂も望んでいるとかいうのは、なんだか危険な考え方だと…。

それでその魂が救われるものだろうか?

結局また同様の転生に引き付けられて、ゴキブリに生まれてしまうかもしれないし…。

 

それでもって、叩き潰されたり、罠に嵌って身動き取れず餓死してしまったら(これはもはや長~い拷問…随分と残酷な殺し方だ)、より良い来世どころか、暴力的に殺された恐怖や否定的なエネルギーからもっと悲惨なカルマに捕らわれてしまうかも…

 

自然に死を迎えることと殺されることとでは、大きな違いがある。

安らかに死を迎えることは人間だけでなく全ての生き物にとって、とても大切なことだと思うのよ。

  


羽虫、今では「羽虫君」と呼びかけてしまう種類の虫の思い出が心を過った。

 

「羽虫君」のことは以前ブログでも触れたけど(2018年12月7日のブログ『初めての独りリトリートと僧院ステイと、夢見と』に)、十年程前からコップに注いだジュースや鍋に入った味噌汁の中で溺れている虫の存在に気がつくようになった。

たいていはメルボルンでよく見かける羽のついた小さな虫だった。

 

どうして虫ってば、こんなところでしょっちゅう溺れちゃうんだろか?

と思いつつ、ある日試しにティッシュでそうっと掬い上げてみた。

それをカウンターに置き、数時間後に見てみたところ、虫はいなくなっていたのだった。

 

以来、虫が溺れているのに気がつくとティッシュで掬い上げるようになった。

そのうち既に息絶えているように見えても、実は生きている可能性が極めて高いということに気がついた。

身体を傷つけないようにティッシュでそぅっと掬ってあげれば、羽が乾いて体力を回復すると自力でまた飛び立ってゆくことができるらしかった。

 

そんなある朝、洗面所の水滴で溺れていた羽虫をティッシュで掬い上げ、書斎に飾った薬師如来の写真の前に置いた。

98%死んでいるように見えたので、せめてもの供養のつもりだった。

 

数時間後、子どもたちを小学校に送り出して書斎に戻ってみれば、死んだと思っていた虫がモゾモゾと動いていた。

黄土色の2枚の羽を動かして、なんとか飛ぼうとしているのだった。

 

だけど飛ぶどころが、歩くことさえ満足にできないようだった。

モゾモゾと糸のようにか細い足を踏ん張って、立ち上がってはバランスを崩して倒れ―

立ち上がってはバランスを崩して倒れ―

 

それでも、その虫は自分の足で立ち上がろうとしていた。

なんとか再び舞い上がり、生き延びようと奮闘しているのだった。

 

立ち上がっては倒れ、立ち上がっては倒れ―

その懸命な様子が心に迫った。

いつしか私はその虫を腹の底から応援していた。

 

応援していてもどうすることもできず、ただ見守っていた。

これがペットの犬であれば間違いなく獣医へ連れていき、子どもなら即救急車を呼んだだろう。

だけど私は死と格闘している虫を前に、ただ見守っていたのだった。

 

残念ながら、その子は飛び立つ前に力尽きてしまった。

それでも最後の最後まで生きようともがいていたその姿を見守るうち、目頭が熱くなっていたのだった。

 

虫にそんな感情をもつなんて…と頭では思っていたけれど、心はその子(もはや敢えて「子」と表現したい心境だった)に愛しさを覚えていた。

虫のお供養をするようになったのは、その時からだ。

 

 

溺れていた虫がもう一度羽ばたく瞬間に居合わせたのは、それから数年後だったと思う。

あのときは息子が飲み残した牛乳の中で溺れていた羽虫に気づき、ティッシュで掬ってキッチンのベンチに置いたのだった。

 

家に戻って、あの羽虫はどうなったかな?と見遣れば、ちょうどモゾモゾ動いているところだった。

何度も何度も立ち上がってはよろけ倒れる姿に、数年前の羽虫の姿が重なった。

 

だけどその子は飛び立っていったのだった。

見事、羽ばたいた瞬間、思わず私は拍手を送っていた。

 

「良かったね、良かったね、羽虫君!」、と。

それはほとんど感動的でさえあった。

 

感動の余り、その種の虫を「羽虫君」と呼ぶようになったのはそれからである。

自分的には大いにカンドーしていたものの、それは他者と共有できる類の感動ではなかった。

なんだかあまりにも「イっちゃってる」感が漂い過ぎていて、聞いた方もリアクションに困るんじゃないかっていうか…

「何言ってんの、彼女…」とか「大丈夫かな、このひと…」って気持ちをいいとこ作り笑いで覆いつつ「そ…うなんだ」とかしか答えようがない…ような?

 


だけど水野敬也さんの『ウケる日記』を読んで「!?」と思ったのだった。

 

水野氏は持ってきたジュースに小さな虫が浮いていることに気づき、「この虫、まだ息があるんじゃないか?」と思ったのだそうだ。

(以下は本文からの抜粋です)

 

 * * *

 

これまで三十年以上生きてきて、自分の飲み物の上に虫が浮いていることは数え切れないくらいありましたが

「ふざけんなよ!」とイラだったことはあっても、

「この虫、大丈夫か?」と虫の安否を心配することは、たったの一度もありませんでした。

そして、僕はこのとき生まれて初めて「虫の立場」に立つことができたのであり、

つまりは、初めて自分の欲望よりも、虫の欲望を優先できたのであり、

その様子をブッダが見ていたのだとしたら

「彼は、どんどん私に近づいてくるなあ」

と感心していたことであり、

僕は、リンゴジュースの中から虫を取り出して、タンカに見立てた紙ナプキンの上にそっと置いてみたわけです。

全身リンゴジュースだらけになって身動きがとれなくなっていた虫ですが、

しばらくすると、ピクッと足を動かしました。

「ま、まだ息がある……っ!」

 

興奮して見ていると、虫は体をゆすりながらリンゴジュースを跳ね飛ばし

空に向かって飛び立っていったのです。

去り際に、

「水野さん、ありがとう」

そんな虫の声が聞こえた気がしました。

 

 * * *

 

なんとっ!

ブルータス、お前もかっ! ならぬ、

水野さん、あなたもでしたか!

 

ですよねっ。

完全な悟りを開いた慈悲と英知の存在である仏陀が虫を見て、哀れな存在であるから殺めるように、とか弟子たちに教授するとは思えないですよねっ。

 

などと一方的に同意を求めつつ、思った。

コップで溺れている虫を見つけると思わずティッシュで掬って助けようとしてしまう人は案外、多いのかもしれない。

ただみんななんとなく「イっちゃってる」感に気恥ずかしくて口外できないだけで…

つーか、わざわざそんなことは敢えて話さないだけで、きっと多くの方が同様のことをされているんだろうナ、と。

 

そう思ったら、なんだかほのぼの~と心が嬉しくなってきたのでした。💛

 

 

生きとし生けるもの(人間のみならず)は、幸福を求め、苦難を避けたいと願っている。

大乗仏教における本質的な認識である。

 

ゴキブリだって、食べ物をゲットできたときは嬉しいだろうし、命が脅かされたときには恐怖に苛まれるだろうし。

人間にとっては「たかが虫の命」でも、その虫本人にとっては大問題であるわけで。

私たちの命が人類75億の一人にすぎなくても、自身や親しい人たちにとってはとてつもなく重要であるように。

 

かと言って、家が無視屋敷になっても困るので、我が家に入り込んできた蜘蛛や蟻たちは即、屋外強制退去としている。

透明な瓶と厚紙を使って捕獲して、外にお引き取り願うのだ。

その際、これも何かのご縁というわけで、幸福を願ってマントラを唱え送り出すようにしている。

 

上の写真は我が家の虫捕獲器デス。(^^)

 

だけどそれがレッドバックスパイダーとか毒をもっていたら話は別だ。

といっても恐怖心からギャーギャー悲鳴を上げてしまったら、ますます場が破壊的暴力的なエネルギーに支配されちゃって、殺される蜘蛛側のダメージが深くなりそうだから、一発でスムーズに殺せるよう天に助けを請い、マントラを呟きながらできるだけ静かに穏やかな心で、一撃を。

 

ひゃ~、ごめんなさいっ!

なのではあるのだけれど、背に腹は代えられない。

それから成仏とより良い転生を祈ってマントラを唱えている。

せめても成仏してね、くらいの想念は送ってあげたいと思って。

 

昔、菩薩戒を授かったときダライラマ法王もおっしゃっていた。

菩提心はとても大切であるけれど、マラリアの蚊を哀れに思って血を吸わせ、自分の方が病んでしまったら、それは英知の欠如である、と。

やはりサソリやタランチュラ、マラリアなど毒虫ともなると話は別デス。

 

そういえば、ネパールにあるチベット仏教のコパン僧院でラマ・ゾパ・リンポシェのリトリートに参加したことがあるというオージーの友達が言っていた。

友人は僧院に2か月ほど滞在したのだが、あるときリンポシェと僧院の庭を散歩していたら、タランチュラに出くわした。

リンポシェはタランチュラの前で足を止め、呟いた。

 

「いったい、どうしてこんな姿になっちゃったんだい?」と。

 

それから暫く祈祷されていたのだそうだ。

驚いたことにタランチュラは逃げもせず、その間そこにいた。

それからまた草陰に隠れるように逃げて行ったのだという。

 

「いったい、どうしてこんな姿に…」とは、興味深い呟き。

リンポシェの心眼には、タランチュラのカルマでも見えていたのだろうか?

自分のカルマさえ部分的にしか理解できていない私に、虫のカルマなど見えるハズもないのだけれど…。

 

それでも、慈悲の仏陀、観音様のマントラを、心を込めて合掌したいと思うのだ。

 

OM MANI PADME HUM

 

生きとし生ける者が幸福とその因に恵まれますように。

生きとし生ける者が苦難とその因から解放されますように。

 

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

 

 



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