『ユーカリの木陰で里の行』


ブログ『ユーカリの木陰で里の行』

本や執筆、チベット密教やスピリチュアルな話、家族や愛犬、メルボルンの暮らしなんかをゆぅらりと綴っています

 

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Mother's Dayとイモリの思い出

2020年5月23日の日記から


5月第2週の日曜日、

夫が逝ってから迎えた初めての母の日でした。

 

子どもたちが小さかったころは

近所のレストランでマザーズデーランチを楽しんだものですが

(当時の日記はこちらから⇒2010年「マザーズデーとわが家への帰還」、

⇒2011年「今年もHappy Mother’s

Day!」、

⇒2012年「手作りが嬉しいマザーズデー」)、

ここ数年は紅葉に彩られたダンディノン山まで足を延ばして

山のレストランでマザーズデーランチを取るのが習慣になっていました。

 

だけど運転の苦手な自分、

そんな遠くまで運転するなんてとても無理だから、

もう行くこともないだろうなぁ…。

と思えば、そのダンディノン山で迎えた去年の母の日が、

夫の例年「らしからぬ」行動とともに思い出されて―

 

レストランの予約までは時間があったので、

いつものように紅葉を楽しみ、お気に入りの町Sassafrasをぶらぶらと。

子どもたちと夫がおもちゃ屋を覗いている間に、

私はニューエイジショップをひやかして。

またおもちゃ屋に戻ってみると、子どもたちが袋を抱えてました。

 

13歳 (当時) の息子ばかりか17歳の姉の方まで!

この店は二人の好きなデジタルゲーム系とは無縁の、

木の温もりが幼児や児童に嬉しい、お高いけど素敵なおもちゃ屋さんなのですが、

ティーンネイジャーのあなた方が一体ここで何をお求めに?

 

「なんで、それ?

お小遣いそんなに残ってたっけ?」

 

「ううん、ダディンに買ってもらった」と下の子。

「だって何か買ってあげるから欲しいものはないのかって、ダディンが…」

と言い訳するように娘。

 

ダディンが、おもちゃ屋で、なぜ…?

私が夫に異議を唱えるより早く

「え、君はニューエイジショップで何も買わなかったの!」

と失望したように夫(普段なら「えっ、買ったのっ!?」)。

 

他の店も見れば何か欲しいものが見つかるかもしれないと促され、

子どもたちからも「母の日なんだから」とせつかれて

思いもよらずもう少しお店を冷かしてみることにしたのですが、

いつもなら子どもたちに付き添って公園へ行く夫が、

なぜかこの日は私の後を付いて来る。

どうせなら一人でゆっくり見たいのに、

金魚の糞よろしく傍らを離れず、

私が選んだイヤリングを夫は奪うようにしてレジに並んでしまったのでした。

「母の日のプレゼントは今朝貰ったし、自分で買うよ」って

私の呟きは無視して。

 

そうして夫はレジから戻ると、

プレゼント用に包装してもらったそれを私に手渡し、

ほっとしたように言ったのでした。

「良かった、これでみんなにプレゼントを買ってあげることができた」と。

さも安心したかのように。

 

それが、自分が家族に何かをしてあげられる最後の母の日になると、

来年のマザーズデーまで自分は生きることができないと

あたかも知っていたかのように。

人は潜在意識レベルでは自分の寿命をわかっていると言いますが、

あのとき夫は、どこか意識の深いところで

自分の死期を知っていたような気がします。

 

実際、それが家族4人で迎えた最後の母の日になったのでした。

今年の母の日は家族3人(あ、愛犬ポーポーとチャールスも一緒ですね)

家族で、家でゆったりと過ごしました。

 

どのみちコロナ騒動でビクトリア州は不要不急の外出禁止。

レストランもカフェもパブも客席はしっかり閉鎖され、テイクアウェイのみ!と

厳しいSocial Distance社会規制が敷かれていたので、

ダンディノン山のレストランなんて「ありえへん」世界なわけだしね。

 

お昼には子どもたちがマザーズデーランチを作ってくれて、

アフタヌーンティーにはキャラメルプディングまで!

子どもたちとお喋りして、映画を観て、

夜は飲茶のテイクアウェイを楽しみ、と

母の日の特権を満喫した、その夜―

 

明日は車を年に一度の点検に出さなくてはならないので、

車屋には夫の鍵を預けようと久しぶりに夫の部屋に入って、

生前に夫が鍵や財布を入れていた卓上の棚をあけ―

固まってしまったのでした。

 

そこに、トンボとイモリの雑貨が入っていたから。

 

革ひものついたイモリのペンダントと、

トンボが絡みつくように並んで、車のキイの隣に置いてあったのよ。

良く見るとイモリだと思ったそれはワニだったのだけど、

私の目頭は既に熱くなっていたのでした。

 

「はあ?」とか「だから、何?」とか当然思われるでしょうが、

私にとってトンボとイモリには特別な意味があって。

 

誰にでも守護霊様や氏神様がいるように、

Guardian Animal God守護動物霊がついているともいいますが、

私にとって、トンボは

スピリチュアルワールドからのメッセンジャーなのでした。

 

トンボを自分の守護動物霊(って、昆虫だけど)かもしれないと

思うようになった切っ掛けはブログに書きましたが

(⇒「トンボですか…!?」2010年7月の日記に)、

あれから十年が経って、

今では自分でもそうなんだろうと思い込んでいる。

だってほんとうに絶妙なタイミングで現れるんだもの。

あたかも「大丈夫だよ」と励ましてくれているかのように。

 

そうしてイモリは、たぶん夫の守護動物霊で。

 

そう思うようになった切っ掛けは去年の年末―

その一月ほど前に主治医から

クリスマスまでは生きられないだろうと言われた夫は

末期癌も末期だったのだけれど

それなりに元気に(?)自宅で生活していたのですが、

 

「寝室にイモリがいる」

 

突然そんなことを言い出したのでした。

 

「え、イモリ~!?」

「そんなもんが家にいるなんてあり得ない~~~

イヤだ、どうしよう~~~!」

と子どもたちはビビっていたけれど、

私は大方、夫が寝惚けて見間違えたのだろうと、スルー。

 

夫はそれからも時々「家にイモリがいる」と言うようになって、

なんでも夜中に目を覚ますと、そこにイモリがいるんだそうで。

イモリはたいてい同じ場所、天井付近の

壁時計と仏像の写真をかけた辺りの壁を這っているんだ、と。

 

でもメルボルンに移住して四半世紀になるけれど、

イモリなんて見たこともないし。

だいたい私たちの寝室の窓は前庭に面しているので開けたこともないのに、

一体イモリがどこから入って来るっていうんだろか?

 

そのうち私は、夫が幻覚を見ているのだろうと思うようになりました。

癌の苦痛緩和剤でモルヒネ系の薬品も服用していたので、

その副作用かもしれない、と。

もしくは、お迎えがきているのかもしれないなぁ、とか。

 

ほら、医療関係者も言ってるでしょ。

死期を迎えた患者は、亡くなった親しい人の幻覚を見ることがあるって。

夫も霊的に存在する何かを見ているのかもしれないわけで。

でも過去に本人、イモリを飼っていたなんて話は聞いたことないから、

ペットのイモリではなく、夫の守護動物霊なのかもしれません。

霊界からのメッセンジャーなのかも?

 

そうこうするうち子どもたちまでイモリを見たと証言するようになって、

イモリが実在する生身のイモリである可能性が高くなってきたのでした。

じゃあ、イモリめ、いったいどこから??

 

霊的存在などではなく、どうやら現実に存在するらしいと、

私も本気でイモリ問題を憂い始めたとき

(その対策を思えば、むしろイモリ霊であって欲しかったゾ)、

遂に私もイモリを目撃した!?のでした。

 

夏だったのでまだ外も明るい7時ごろ、

柔らかな夕方の陽光が差し込む寝室の天井近く、

夫が言っていた壁の辺りに、

果たしてイモリはへばり付いていた!のでした。

思ったよりも大きくて、14、5センチはあったかな?

 

え~、本当に我が家にいたんだ、イモリ…(ちっ)

夫の幻覚じゃなかったんだ…(くそっ)。

 

「どうしよう?」と子どもたち。

 

どうしよう?と問われても、

虫であれば大きめの容器と厚紙を使って

容器の中にそっと捕獲して裏庭に出すのですが、

なにぶんイモリは長過ぎて、捕獲用に使えそうな手頃な容器も見つからず。

しかもあの位置では梯子にでも登らない限りとても届かない。

 

「どうしようかねぇ…」

 

複雑な思いで見上げている私たちをよそに、

イモリは身じろぎもせずに壁に貼り付いておりました。

とりあえず今はこのままそっとしておこうという話になったものの、

だんだんと心配になってきた。

 

やっぱり、このイモリ、うちに住み着いているんだろーか?

だとしたら、食事はどうしているんだろう?

だいたい飲み水は?

もしかするとこの子、どこからかここに入り込んだものの、

出るに出られず困っているのかも…

このままじゃ飢えて、そのうちミイラ化して、イモリの干物に…

ひぇ~~~

 

イモリに餌を上げるのは難しそうだったので(だって餌って、虫?)

とりあえず水だけでもあげることにしました。

イモリでも背が届きそうな平たいプラスチック容器に水を入れて、

はて、どこに置こうか?

床に置いたんじゃ我が家のチョロ犬2匹に倒されそうだし…。

 

結局、イモリが貼り付いている壁時計の下にある箪笥の上が

一番良いんじゃないかって話になったのですが。

いかんせん、私の胸の高さほどのその箪笥の上には、

ラマ・ゾパ・リンポシェや僧侶たちから頂いた

小さな仏舎利塔や仏陀や観音像の写真を飾った

プチ祭壇になっているのでした。

隅っことはいえ、

そこをイモリの水飲み場にしていいものか???

 

抵抗はあったものの、他に置き場所もなく―

結局、イモリ信仰のお供え水にならないよう

祭壇との境に、念で結果を張ってから(笑)、イモリ用の水を置きました。

それから天に、

イモリがこの部屋から無事に出られるよう助けて欲しいと祈ったのでした。

 

ついでに、もしもイモリが夫の守護動物霊、

天からの遣いであるのなら、そのサインを送ってほしい、と。

そのイモリが何か夫と関係しているような気がしてならなかったから。

 

果たしてその翌日、夫のすぐ下の弟が、

イモリが描かれたアボリジニ画のプリントされたTシャツを着て、

お見舞いに現れた!のでした。

 

それからは、いわゆる思い込み心理も手伝ってか、

イモリやワニグッズにやたらと気がつくようになって。

というか、我が家には

イモリやワニの雑貨が思いのほかたくさんあったのよ。

 

そういえば、結婚前に夫が、

自分は子どものころワニが好きだったので、

未だに家族がワニやトカゲやイモリ関係の雑貨を贈ってくれるのだと

苦笑していたことがあったっけ。

イモリとワニでは実物は雲泥の差がありますが、

キーホルダーやペンダントにしてしまうと見た目、大して変わらないのよねぇ。

 

あのころ夫は、夜中に痛みで眠れず目を覚ますと、

そこにイモリがいるのだと言っていたものでした。

ちょうど彼の正面、介護ベッドを置いた向かいの壁の天井付近、

壁時計とブッダガヤの仏像の写真の上辺りにいつも出没するのだ、と。

今思い出しても、あのイモリの居た空間は

どこか異次元じみていました。

 

たぶんイモリは、苦しんでいた夫を見守っていたのだろうと思います。

大丈夫だよ、と励ましてくれていたのだろう、と。

 

イモリに水を上げたその夜以来、イモリはぴたりと現れなくなりました。

家族の誰ももう目撃することもなく。

 

以来、イモリは夫の守護動物霊、

天界からのメッセンジャーなんだろうと思うようになったのでした。

 

そうして母の日の夜、

そのイモリが(正確にはワニだけど)、

夫の貴重品を入れておく引出しの中、財布と鍵の隣に、

トンボと並んで寄り添うように置かれているのを発見したのでした。

 

アクセサリーの類は結婚指輪以外つけたこともなかった夫が、

ワニのペンダントを貴重品の引出しに入れておいたこと自体、意外でしたが、

トンボに至っては、ペンダントやキーホルダーでさえないのに!

どうしてそんな物を貴重品の引出しの中に???

そりゃ私が話したから、夫も

トンボが私にとって特別な存在であることは知っていたけど…。

 

すると寄り添うように並んだ二つの姿が、

堪らないほど切なく心に迫っりくるのでした。

 

もしかして夫は、自分が亡くなった後、

いつか私がこの引出しを開けることを思っていたのかも…

 

途端にそれが、今年の母の日の

夫からの贈り物のような気がしたのでした。

 

トンボとイモリ(あ、ワニか)をしみじみと眺めてしまいました。

それにしても、

自分たちって、ちぐはぐな夫婦だったなぁ、と。

 

だけどそれでも―

子どもたちを授かって、一緒に温かい家庭を育むことができた。

一緒に仏教への興味を育み、

法話や密教リトリートにも参加して精進してゆくことができた。

それで十分だよね。

ありがとう。

 

夫の魂が不自由な肉体を抜け出せた今、

ペンダントのワニを縛り付けていた黒い革紐は外して、

自由にしました。

 

夫が残した、もはやペンダントでもキーホルダーでもない

ワニとトンボは、私の書斎の本棚に置かれています。

温かい気持ちにさせてくれる思い出の品として。





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